前回の第1回に引き続き、書籍『現代の建築プロジェクト・マネジメント-複雑化する課題を読み解く-』の要点や背景にある著者の意図などを紹介させて頂きます。今回は主に日本の建築産業が抱える課題を整理した、第1章の概要を紹介します。(小菅 健)
● 発注契約方式の歴史的変遷と環境の変化
日本では16世紀後半から、民間人が営利目的で建設を請け負う「一式請負」が定着しました。組成された棟梁組織が建築主との相互信頼に基づき設計と施工を合わせて請け負う形であったため、日本は古くから今でいうデザインビルドと馴染みが深かったと言えます。しかし1854年の開国に伴う西洋建築技術の導入が転機となり、海外から建築技師が招聘され建築家という職能が広く認知されるようになり、設計・施工分離が広まっていきます。ただいずれにせよ、工事費の支払方式は総価請負契約が大多数を占めており、この商慣習は現在まで続いてきました。
一方で建設産業を取り巻く環境は変化しています。1955年からの高度経済成長以降1990年頃までは、不動産価格の継続的な上昇が期待でき、株主への説明責任の意識も現在より希薄であったため、発注者とゼネコンの長期的な信頼関係に基づいた随意契約が現在より多く見られました。しかし1990年以降の経済後退期に入ると、発注者は建設費用の圧縮を求め、ゼネコンの価格競争の激化に繋がっていきます。そのしわ寄せを受けた専門工事会社は、建設技能労働者の非正規化や社会保障費の圧縮にまい進し、入職する若年者も減少していきました。現在、建設業は他の産業と比較しても高齢化と人材不足が顕著な産業となっており、現場から自壊する危機に直面しているといえます。
● 求められる建設産業の健全化と生産性の向上
このような問題は、建築プロジェクトの成功の評価指標がコストに集中していたり、工事費の支払方式が総価請負に偏重し過ぎていることに起因しているとの見方もあります。2014年に施行された改正品確法で、発注者責務の明確化と多様な入札契約方式の活用が謳われた通り、価格競争や総価請負にとらわれない多様な発注契約方式の選択肢は、建設産業の健全化の一助になる可能性を持っています。
また生産性の向上も喫緊の課題です。2010年代終盤から建設現場で稼働するロボットの開発もさかんに行われていますが、現場レベルでできる生産性の改善範囲は限定的です。英語で発注者のことをOwnerやEmployerと称するように、発注者は建築プロジェクトの主役です。その発注者が効率的に建築プロジェクトを進めようとする意識を持つことで、生産性を阻害している無駄の多くを解消できると考えられます。
技術による建築生産プロセスの改善は、抜本的な生産性向上の可能性を秘めています。国土交通省住宅局は2019年に「建築BIM推進会議」を設置し、建築プロジェクトを効率的に進めるためのBIMの普及を展開していますが、BIMにより各部の納まりの整合性が確保されていれば施工図を手戻りなく描くことができるようになります。また、施設資産のライフサイクル全体で様々な情報・データをBIMにストックしていくことで、建物本体だけでなく、そのデータにも社会的価値が認められる時代へと変化していくと考えられます。
次回は、第2章を紹介します。(つづく)
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